前章の「【ワークスタイル大辞典】第6回 働き方のバズワード! 「ソーシャルキャピタル」「パーパス」って?」では、どちらかというと企業経営側に焦点を当ててきましたが、続編となる本章では、従業員の幸福や働きやすさを実現するための施策をご紹介します。
目次
ウェルビーイング
ウェルビーイングとは
「ウェルビーイング」とは、心身と社会的な健康を意味する概念のこと。
満足した生活を送れている状態や幸福な状態、充実した状態などの、多面的かつ持続的な「幸福」を表すことばです。
ウェルビーイングは、1946年の世界保健機関(WHO)設立の際に考案された憲章で、初めて言及されました。WHO設立者の1人である施思明(スーミン・スー)が、予防医学(病気の予防・治療)だけでなく、健康の促進の重要性を提唱し、“健康”を機関名や憲章に取り入れるよう提案したのです。
ウェルビーイングが再注目される理由
「ウェルビーイング」の概念は、もともとは社会福祉・医療・心理などの分野で使われていましたが、昨今の働き方改革や職場環境の見直しなどを背景に、ビジネスシーンでも用いられるようになりました。
経済産業省では、国民の健康寿命を伸ばすための取り組みのひとつとして、ウェルビーイングの促進に力を入れるように。また、新型コロナウイルス感染症のまん延によって、“自分らしい働き方” を追求する人が増えていることもきっかけだと考えられます。
「人生100年時代」と言われる現代では、働くことは賃金を得るために自己を犠牲にすることではなく、人生を豊かにする手段として考えられるようになりました。また、若年層の労働人口が減少の一途を辿っていることからも、今ビジネスにおけるウェルビーイングに注目が集まっています。
そのため、企業においては、従業員一人ひとりがより自分らしく働けるような仕組みづくりが求められるようになっています。 収入などの待遇面を改善するだけでなく、従業員のウェルビーイングを実現できるような経営を行うことが必要です。
ウェルビーイングの事例
国際連合が2020年に発表した調査によると、幸福度ランキングにおける日本の順位は、先進国の中でワースト2位という結果でした。
では、幸福度が高い国では、どのようにウェルビーイングに取り組んでいるのでしょうか? また、ウェルビーイング経営を実践している企業の事例もご紹介します。
フィンランド
フィンランドは、国際連合が発表する幸福度調査において、2018年度〜2022年度まで5年連続で1位を獲得。「誰もが尊重され自分らしく生きられる社会」を作るために、教育や福祉、働き方のすべてにおいて、国として取り組んでいます。
フィンランドでは、午後4時頃に仕事を切り上げる人がほとんど。また、夏季には1ヶ月程度の休暇を取得することも一般的です。限られた時間を、労働よりも子育てや趣味の時間にあてることで、プライベートの充実を実現させていることが特徴として挙げられます。
企業として参考にするには少し極端かもしれませんが、「第3回 今話題の働き方・休み方のメリットとデメリットに迫る!」で挙げたように、労働時間や休暇の制度がウェルビーイングの面でも有効に働くことがよくわかる例です。
味の素
味の素では、従業員の「セルフケア」を徹底し、働き方改革や健康経営に注力してきました。2017年には、経済産業省の「健康経営銘柄」(東京証券取引所の上場会社の中から「健康経営」に優れた企業を選定する制度)に選ばれています。
具体的な取り組みとしては、
- 健康診断のデータを蓄積し確認できるポータルサイト「My Health」を設置
- AIが栄養指導を行ってくれる健康管理アプリ「カロママプラス」の開発・運営
- 社員の不調を早期発見するため、最低でも年に1回「全員面談」を実施
など、ポータルサイトやアプリの活用なども通じて、身体面・精神面ともにバランスよく社員の健康をサポートし、ウェルビーイングを実現しています。
リモートワークを実施している企業などでは、従業員の心身の不調を早期に発見することが難しくなるため、健康管理ができるポータルサイト・アプリの導入は参考になりそうですね。
楽天
楽天株式会社では、従業員の心身の健康を発展・維持させることで、全社的な活力向上をもたらす「ウェルネス経営」を推進しています。
- ウェルネスサーベイ(心身の健康状態に関する調査)の実施
- 健康セミナーや自由参加型イベント、マインドフルネスのワークショップなどの開催
健康状態に関する調査を実施するだけでなく、その後の対応として、セミナーやワークショップの開催まで行っているのは参考にしたいところ。
産業医面談などを取り入れている企業は多いと思いますが、自発的に楽しみながら参加できるイベントを開催することで、従業員の健康に対する意識も自然と高まるかもしれません。
心理的安全性
心理的安全性とは
「ウェルビーイング」を達成するための大事な要素のひとつに、「心理的安全性」があります。
心理的安全性とは、組織の中で自分の考えや気持ちを、誰に対しても安心して発言できる状態のこと。
組織行動学の研究者エドモンドソン教授が1999年に提唱した心理学用語で、「チームの他のメンバーが自分の発言を拒絶したり、罰したりしないと確信できる状態」と定義されています。
ただ単純に従業員同士が仲のいい状態、ざっくばらんに冗談を言い合えるような状態というだけでなく、チーム内で「メンバーの発言や指摘によって、人間関係の悪化を招くことがない」という安心感が共有されていることが重要なポイントです。
心理的安全性の重要性ーーGoogleの研究から
Google社は、チームの生産性を高めるために、2012年から約4年間「プロジェクト・アリストテレス」と呼ばれる調査を実施。社内の数百に及ぶチームを分析対象とし、生産性の高い働き方をしているチームを探るための調査をしました。
その結果、心理的安全性の高いチームのメンバーは、
- 離職率が低い
- 収益性が高い
- マネージャーから評価される機会が2倍多い
ということが判明。チームに必要ないくつかの要素のうち、「心理安全性」が最も重要という結果を導き出しました。
心理的安全性が高い状況では、質問やアイディアを提案しても受け止めてもらえると信じることができるため、思いついたアイディアや考えを率直に発言することができます。積極的にアイデアを提案できるようになったり、意見交換が活発に行われるようになったりすることで、生産性の向上につながるのです。
現在もグーグルでは、心理安全性を高めるため、リーダーとメンバーが定期的に面談を行い、仕事の悩みや今後のキャリア、目標などについての対話を行っています。
心理的安全性を測るチェックリスト
では、企業やチーム内で現在の心理的安全性を測るにはどうしたらいいのでしょうか?
心理的安全性を測定する方法として、エドモンドソン教授が提唱した7つの質問があります。
- チーム内でミスをするとたいていの場合、非難される
- チーム内では難しい問題や課題を互いに指摘し合える
- チームメンバーの中に、異質な個性を理由に挙げて他者を拒絶する人がいる
- チーム内でリスクの高い発言や行動をとっても安全だと感じられる
- ほかのメンバーに助けを求めることは難しい
- チーム内の誰もが、他者を意図的に陥れるような行動をしない
- チームメンバーと働く際、自分のスキルや能力が尊重され、仕事に活かせていると感じられる
これら7つの質問にネガティブな回答が多ければ多いほど、チーム内で信頼関係が築けておらず、従業員が下記のような不安を抱えている可能性が高いとされています。
- 「無知」と思われる不安
「そんなことも知らないのか」と思われる不安から、質問や相談を躊躇し、成長を妨げることがあります。
- 「無能」と思われる不安
無能と思われる不安から、ミスやトラブルの報告ができず、大きなトラブルにつながることがあります。
- 「邪魔をしている」と思われる不安
「邪魔をしている」と思われる不安から、意見や提案を控える結果、チームや組織におけるイノベーションの可能性を狭めてしまいます。
- 「ネガティブ」と思われる不安
「人の意見を否定していると思われる」というような不安から、自分の意見を出せず、チーム全体の生産性が上がりにくくなります。
心理的安全性の高い組織・職場にするために
心理的安全性を高め、ウェルビーイングを感じながら組織全体で成長できる職場にするためには、企業側の取り組みも必要不可欠です。ここでは、比較的簡単に取り入れられる方法をご紹介します。
新人をチーム全体でサポートする
- OJTなどの教育や研修プログラムの導入
- メンター制度の導入
質問・相談しやすい環境をつくる
- 1on1の実施
- 朝会の実施
- 会議の設計を見直す
- 本題に入る前にアイスブレイクの時間を設ける
- 新人でも意見が言えるよう、発言の機会が均等になるように進行する
- 最後にざっくばらんな感想を言い合う機会を設ける
感謝の気持ちを表す取り組みを行う
- 「ピアボーナス」の導入
- メンバー同士で報酬(ポイントなど)を送り合える成果制度
- 「Unipos」や「THANKS GIFT」など、さまざまなツールがある
- アメリカでは主流の評価制度で、Googleも実施
「ウェルビーイング」や「心理的安全性」を重視し、積極的に取り組む企業・組織では、従業員が安心して楽しく働くことができます。それは決して馴れ合いではなく、チーム全体の生産性を向上し、成果につながることを意味します。
『従業員のウェルビーイングについて、考えたこともなかった』『心理的安全性が低い職場になっている』と感じた場合には、ご紹介した事例も参考にしながら、小さな部分から取り入れてみることをお勧めします。